こんにちは、たつおです
クリスマスと言えば、サンタクロースは欠かせないキャラクター。
クリスマスの朝に、おもちゃや絵本をもらったことは、とても嬉しかったいい思い出です。
大人になって改めて思うのは、そもそもサンタクロースって何者なんだろう?なぜ子供にプレゼントを配るんだろう?ということ。
調べてみると色々と、意外な事実がわかりました。今回はその由来について、とにかく簡単に分かるように、丁寧に説明していきます。
記事のポイント先出しです。
- モデルは4世紀頃の聖人ニコラウス
- 私財を与えて人を助けた逸話があり、国を越えて逸話が広まる
- 贈り物がもらえる聖ニコラウスの日が出来る
- 19世紀頃、クリスマスと聖ニコラウスの逸話を混ぜた詩が新聞に載り、流行する
- セントニコラウスがシンタークラースに、さらにサンタクロースに変化した
目次
サンタクロースの由来を解説!
サンタクロースには、モデルとなった人物がいるんです。
ローマ帝国時代の、聖ニコラウスというキリスト教のクリスチャン
シンタークラースとも呼ばれました。
大主教というかなり高位の役職も務めた人ですが、この人にまつわる逸話が元になり、プレゼントを贈る風習が生まれます。
それが19世紀頃、プレゼントを持ってくるシンタークラースを元に、詩やイラストが描かれ、呼び名が変化して、サンタクロースに定着したと言われています。
もう少し詳しく、掘り下げてみましょう!
どうしてこの人がモデルに?
とても簡単にまとめると
- 立派なことをたくさんやった
- キリスト教の中でもとっても尊敬される有名人だった
- 自分とわからないように贈り物をして、子供を助けた
そんな人だったから、亡くなったあとも世界のあちこちで沢山の人に親しまれて、こっそりと人を助けたり贈り物をくれる、子供を守る立派な聖人として語られてきたわけです。
そんなイメージは、今のサンタクロースと繋がっていると感じますよね。
生まれた時代と場所
聖ニコラウスは、今から1700年くらい昔のパタラという町で生まれました。
これがどの辺りかというと、今でいうところのトルコ南西部、地中海に面した港町だったそうです。
生まれた場所を確認しよう
まずは世界地図でどの辺りなのか、大まかにみていきます。
赤い矢印の付いているところがわかりますか?
ここが、1700年くらい前に、パタラという町があった場所です

もう少し大きな地図で見てみましょう。
黄色く塗ってある場所がトルコ、トルコの下にある青い部分が、地中海です。
矢印のある場所、この辺りで、生まれ育ったんですね。

生まれたのはどんな時代?
パタラの町がどんな暮らしぶりだったのかは、ちょっと分かりません。
ですが、大まかな時代背景はこんな感じです。
今から1700年くらい昔
当時のトルコ辺りは、ローマ帝国が支配していました。
ニコラウスが生きた時代、この地域ではキリスト教が勢いをつけて広まります。
ですが、今度は信仰を禁止され、かと思えば国教(国の宗教)として認められたりと、結構波乱万丈な時期をキリスト教徒として過ごしました。
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聖ニコラウスがやった、立派なことってなに?
伝わっているお話(聖伝)は色々あるようですが、サンタクロース像に繋がるものでいうと、近所の困っている人を助けるために、自分のお金をこっそり投げ入れた話があります。
司祭であった時には、かつて豪商であったが財産を失い貧しくなったために娘を売春させなければならないところであった商人の家に、夜中に窓(あるいは煙突とも)から密かに2度、多額の金を投げ入れた。
このため持参金も用意して娘達は正式な結婚を行なうことができた。
父親は大変喜び、誰が金を投げ入れたのかを知ろうとして見張った。
すると3度目に金を投げ入れているニコラオスを見つけたので、父親は足下にひれ伏して涙を流して感謝した。
この逸話の他にも
- 冤罪で裁かれる人を庇った話
- 信仰を国に禁止されてもやめなかった話
など、教義を体現する聖人として、国を越えて語り継がれていきました。
サンタクロースへの変化
とても尊敬されていた聖ニコラウスですが、まだサンタクロースにはなりません。というか、本人が偉大すぎて、聖ニコラウスの日という祝日があるくらいです。
変化していくには、2つの出来事があげられます。
- シンタクラース祭
- 詩「セントニコラウスの訪問」
それぞれ、簡単に説明していきます。
変化の兆し① シンタクラース祭
変化の兆しの1つは、オランダにあります。
オランダではセントニコラウスが、シンタクラースと呼ばれ、12月6日に、シンタクラース祭が行われます。
このお祭りでは、聖ニコラウスにちなんで、贈り物がもらえるのですが、特に、子供達のお祭りという特徴があるそうです。
このお祭りに登場する
どうでしょう、だんだん現代のサンタクロースに近づいてきましたね?
このお祭りに登場するシンタクラースの外見は、かなりサンタクロースに近いものの、ぱっと見て分かるくらい「教会の偉い人っぽい姿」をしています。
十字架の飾りがついた赤い帽子や、赤と白の司祭服を着ていますが、トナカイにソリを引かせたり、プレゼントの入った袋を抱えていたりはしないのです。
変化の兆し② 「セント・ニコラウスの訪問」
もう一つの変化の兆しは、19世紀のはじめ頃に作られた1つの詩にあります。
「セント・ニコラウスの訪問」という詩なのですが、この作者については、公式発表と定説が食い違うようなのでここでは伏せておきます。
この詩の中で、聖ニコラウスは
- 小人
- 8頭のトナカイにソリを引かせている
- 全身毛皮を着ている
- おもちゃの袋を持っている
- 見た目も面白い愉快なおじいさん
こんな風に表現されていて、この聖ニコラウスが、クリスマスの前の夜にやってきて、靴下におもちゃを詰めて去っていくんです。
この詩が、当時なかなか流行したようで、ほぼ完成したサンタクロースとしてのイメージと聖ニコラウスが入り混じっていくようになります。
サンタクロースの完成
「セント・ニコラウスの訪問」では、まだ聖人としての名前が残っていましたが、数十年後に、状況は一変します。
時代は19世紀中頃。
アメリカで人気のあった、トマス・ナストという風刺絵作家が「キャンプを訪れたサンタクロース」という題で、新聞に絵を掲載します。
その姿は
- 頭に柊の葉を載せて
- 白髪と白ひげを長く伸ばして
- 赤いコートを着ている
- おもちゃをいっぱい抱えた
- 太ったお腹の優しそうなおじいさん
という、姿でした。
これを大きな切っ掛けにして、サンタクロースという呼び名が一般的になっていき、現代のサンタクロース像は、ほぼ完成したんです。
終わりに
サンタクロースの由来をめぐるお話、いかがでしたか?
トルコ生まれの聖人がルーツだったとは、本当に意外でしたし、19世紀にようやく形が整ったのも、意外と最近なんだなーと感じました。
今年のクリスマスは、いつもよりサンタクロースへの気持ちが、ぐっと深まりそうな予感です。
それでは、お付き合い頂きありがとうございました。